石の蔵ジャーナルishi-no-kura : Journal

Vol.6 : Feb. 2019シェフパティシエ 渡部祥浩

和食の店のパティシエ

石の蔵のお菓子は、洋菓子をベースに和の素材を取り入れたオリジナルスタイルです。ランチビュッフェのデザートをはじめ、カフェラウンジのスイーツ、ショップにて販売中の焼き菓子などをお楽しみいただけます。僕は20年間、洋菓子の世界で経験を重ねてきましたが、和食の店に挑戦したいとの想いから2年前に石の蔵に来ました。洋の物は、食材を加えながら味を組み立てていくのに対して、和の物は余分を抜く、そぎ落とすという感じで、素材の持ち味を高めていく。そうした洋菓子作りとはまた違う和食の技法を日々間近に見ながら、洗練された上品な味わいのお菓子を作ろうと探求しています。
 
実際に石の蔵に来てみて、和食のレベルの高さに圧倒されました。一つ一つがシンプルで美しく、美味しいんです。僕もお菓子の「題名」そのものを味わっていただいきたいという想いがますます強くなりました。題名とは、例えば、シュークリームならシュー皮とクリームであり、プリンならプリンそのもの。インスタ映えするようなデコレーションやソースによって、題名の味がよくわからなかったというのは残念ですから。それより、シュークリームやプリンが引き立つ物を添えるくらいにして、なるべくナチュラルな方が美味しさは伝わるのではないかと。お客様に”何を食べていただきたいか”ということを、とても大事にしています。

石の蔵は料理がメインですから、洋菓子店のようなインパクトのある味や極端に甘い物は作っていません。洋菓子を作り続ける中でだんだんと僕が思うようになってきたことと、和食の考え方には通じるところもあって。熊谷料理長に食材について教えてもらったり、作業を近くで見ながら菓子作りに取り入れられることを見つけたりしています。

美味しい料理と空間を楽しんでいただいた最後に、甘い物をスッと食べて、気持ちよく食事を終えていただけるようなお菓子を。脇役でありながら、主役にもなれるような主張を、華やかさよりは純粋に味わいで表現していきたいと思っています。

和食とつながる繊細な味

石の蔵らしさとして心がけていることの一つに、洋菓子店などにはないものを作るようにしています。せっかく和食の店で食べていただくので、洋菓子を軸にしていますが、必ず和の素材を入れて、石の蔵だけの新しい味を提供したいと考えています。

ランチビュッフェのデザートコーナー

例えば”かぼちゃプリン”は、一般的には牛乳などを使用しますけれど、ここではライスミルクを入れています。お米のミルクを使うことによって、かぼちゃの持ち味が引き立つんですね。食べたときにホロホロするというか、穀物感を感じてもらえます。お米もかぼちゃも大地の産物ですから、ライスミルクなら互いを引き出すことができる。牛乳を使ったときとは違う味わいです。さらに細かなことを言えば、かぼちゃは水分を抜くためにあえて冷凍してから解凍して使います。しっかりと素材の魅力を引き出すことは、上品な美味しさにつながります。かぼちゃプリンの上に生クリームを絞ったり、きれいなフルーツを飾ったりする必要がないので、題名通りかぼちゃプリンだけを味わっていただけます。

もう一つ、ここらしさとして心がけていることに、甘味の作り方があります。例えば”シフォンケーキ”は、甘さを出すために日本酒を入れて焼いています。砂糖だけで甘さを100%作るのではなく、和素材を使ったり、異質な甘さを加えたりすることによって、新しい甘さの美味しさを表現したいからです。先ほどお話ししたように、題名のものを食べていただきたい、という強い想いに変わりはありませんけれど、そのものだけを100%使うというやり方ではないんです。

例えば、ランチビュッフェでは、”和三盆プリン”や“黒糖プリン”などもお出ししています。それぞれ甘味は和三盆100%でも、黒糖100%でもありません。違う甘味の材料と組み合わせながら、和三盆や黒糖の甘さを感じられるような配合にしています。和三盆や黒糖をたっぷり使うよりも、その味わいを感じるギリギリ、すれすれのところに本当の美味しさが立つと思うからです。洋菓子店であれば黒糖プリンには黒糖をたっぷり入れて、食べた一口目から黒糖だとしっかりわかる味を作りますけれど、和食の最後に食べるとしたら、料理に寄り添う甘さの美味しさがあるのではないかと。和食の”お椀”のように、食べ終わった後に”このお出汁美味しいなあ”と感じてもらえるような、そんな洗練された甘さ、上品な美味しさをお菓子にも出せたらと思っています。

もちろんお客様には洋の物を好まれる方もいらっしゃるので、もう少し洋に寄った味の物もと思い、ラムレーズンを使った”お米のリオレ”、チョコレートを使った”黒糖のブラウニー”なども作っています。ランチビュッフェのデザートにチョコレートは必要ないかなと思っていたんですけれど、和食の最後にショコラを食べていただくのもいいのではないかと思い直し、和栗や黒糖を入れた新しい味わいを考えました。

カフェラウンジのスイーツ”繊細な香りを美味しさに”

レストランから続く細長い廊下の先に、ギャラリーショップがあり、カフェラウンジはその2階にあります。ここでのお菓子はすべて僕が作ってお出ししています。プリンやシフォンケーキ、ロールケーキなど、皆さんに馴染み深い物をメインにしていますので、安心して食べていただけますし、コーヒーや紅茶、ハーブティーにも合います。栃木県産の材料を取り入れたり、甘い物を欲する季節には甘味を強くしたり、その季節に食べて美味しいと感じていただけることを心がけています。


作るスタンスはレストランと同じなので、繊細な味わいですけれど、コーヒーなどの飲み物に負けないくらいの味をと考えています。そのために意識しているのは、異質な香りの取り合わせ。例えばコーヒーと抹茶ロールケーキの取り合わせでは、コーヒーと抹茶は香りが異質です。もしロールケーキに抹茶ではなくコーヒーを入れて焼いたとしたら、同じ香りなのでコーヒーを飲んだときに負けてしまうかもしれません。ケーキやお菓子を美味しく召し上がっていただけるよう、繊細な味わいの中にも香りの質を大切に作っています。また、ラリシェスボタニクさんのハーブティもご用意していて、こちらの香りはよい意味で主張しすぎず、植物のやさしさを感じる香りですから、どのお菓子とも合うと思います。

カフェラウンジは屋根裏部屋のような大人の隠れ家のようなくつろぎの空間です。こちらで息抜きをされたり、また頑張ろうという気持ちになっていただけたらうれしいですね。抽象的な言い方ですけれど、”食べてやさしい気持ちになれる”そういうお菓子を作れればと。ただ美味しかったというよりは、気分がよくなって人にもやさしくなれるようなお菓子でありたいです。

ショップの焼き菓子”どこにもない、ここだけの味を”

1階のギャラリーショップでは、お持ち帰りできる焼き菓子を取り揃えています。この焼き菓子こそ、実はもっとも開発に時間をかけて作り上げた渾身の味なのです。というのも、レストランビュッフェやカフェラウンジのお菓子は、店内で食べていただくものですが、物販品はお客様が持ち帰られてどこか別の場所で食べられるものだからです。どなたとどのようなシーンで食べられるのか、食事や飲み物は何を合わせられるのか、さまざまで想像は尽きません。それならば、誰がどんなシチュエーションで食べても断然美味しいという物を作るしかない(笑)。

石の蔵らしい存在感やインパクトをどう作るか、試行錯誤を重ねてようやく完成したのが”オリジナルフールセック”です。一口サイズのクッキーで、アーモンドと白胡麻黒胡麻のチュイール、バニラと山椒のクッキー、フランス産バターと藻塩のサブレ、ココナッツと国産抹茶のサブレ、コーヒーと黒糖のクッキーの5種類に、新作の”ショコラと柚子のクッキー”が加わりました。題名の通り、フランス菓子をベースにしながら、和素材を取り入れて、どこにもない、ここだけの味を実現しました。

和素材についてのインスピレーションは、熊谷料理長の仕事、厨房での和食の作業などから得ています。例えば、藻塩。精製塩にはない甘みや旨みを感じられるというのが特長です。藻塩を使ったサブレは、食べたときに一瞬しょっぱいのかなと感じるんですけれど、そう思う間にバターの香りが広がって、そしてバターの甘みやコクを含みつつ、最後はほのかな甘みや旨みのある藻塩の塩味で引き締まる。フレグランス的にも、トップの香りから、食べ進むうちに変わっていく繊細な仕事です。藻塩、抹茶、黒糖、山椒、胡麻、柚子などの和の素材を、強く出すのではなく、後味や残り香という方向で和に持って行って、五感から和を感じていただけたらと考えています。

これは先ほど、甘さを作るときに異質の甘味を組み合わせるというお話をしましたけれど、香りや酸味についても同じなんです。バニラと山椒という違う香りを組み合わせると、新しい香りが生まれます。レモンと梅干しという異質の酸味の組み合わせも、新しい酸味になります。五感を味や形にまとめるのはなかなか難しいものですけれど、石の蔵で働く中で、自然と和と融合する新しいお菓子を作れるようになってきたようです。和菓子作りの経験はないので、和菓子の真似事ではその道の職人さんに失礼ですし、やはり僕の得意分野の洋菓子から何か引き算することで、和の素材とマッチングする新しい味を提案していければと。手応えはあるので、まだまだ洋と和の独自のバランスを探求し続けたいと思っています。

他にも物販品の定番には、栃木県産の地粉を使ったフィナンシェやマドレーヌなどのドゥミセックもあります。地粉というのは、いわゆるうどん粉で中力粉になります。日本の洋菓子店などでは、フィナンシェは薄力粉で作るのが一般的ですけれど、フランスには薄力粉はなく、中力粉から強力粉を使いますので、逆にフランス菓子に近くなっているのかもしれません。地粉を使うと、配合によってもっちりしますし、何より焼けたときの香ばしい、力強い香りは魅力です。

サクサクとしたフールセックに、しっとりとしたドゥミセック。石の蔵オリジナルの焼き菓子は”ここにしかない味です”と胸を張っておすすめできる逸品です。


取材後記声高ではないけれども、五感豊かに奏でる上品なお菓子。石の蔵のお菓子は、味わった後も残り香や後味の余韻に包まれて、穏やかな気持ちになります。その余韻は作り手がお菓子に込めたメッセージだったのだと、渡部さんのお話を伺って気付きました。パティシエ歴20年、食したお菓子は数千種類という研究熱心な渡部さん。実は甘い物はもともと好きな方ではないとか。甘みを繊細に読み解くセンサーが素晴らしいのは、だからこそなのかもしれません。