石の蔵ジャーナルishi-no-kura : Journal

Vol.3 #2 | Jul. 2018新藤 力(インテリアデザイナー) × 山下裕子(照明デザイナー) × 上野仁史(「石の蔵」代表) – 鼎談後編

バナキュラー建築・再生プロジェクト1

大谷石の大空間を生かしたレストランづくり
写真:白鳥美雄/2001年竣工当時
上野

これまでに3回のリノベーション(コンバージョン)を行ってきました。最初は2001年のレストラン開店、2回目は2006年に個室とギャラリー・ショップをつくり、3回目は2016年にカフェラウンジをつくりました。

山下

最初に下見に来た時、屋内の壁を覆っていた板が一部剥がされていたんですね。そこから見える大谷石の壁は、汚れてはいるんだけれど、まるで発掘したみたいな感じで。蔵の中もヒヤッとしていて、天井の高さもあって、この感じ格好いいなぁと。こういう再生では、現場に来て感じるものを大事にしています。

新藤

山下さんは手掘りのテクスチャーが浮かび上がるように、レストランでは大谷石の下から照明を当てていますね。

山下

ツルハシで掘り出す様子とかを新藤さんが話してくださったので、それが見えるといいなと思ったんです。重い石を一つ一つ積み上げていって、あの高い天井までの壁になったという当時のことも、何となく感じていただけるかなと。
それと、奥の客席は、ほんのちょっとステージみたいなといいますか、よく舞台の背景づくりに用いるホリゾントという照明があるんですけれど、床の四方にその光を入れて、少し浮いているステージのような感じにしています。実際にそこでライブ演奏も行われているんですよね。

2017年12月開催「木住野佳子 Xmas Live」
上野

大谷石の蔵の空間は音響もいいですし、クラシックやジャズのコンサート、それからレストランウェディングの際の高砂などにも活用しています。

山下

ホリゾントライトの効果は自ずと水平垂直の構成を強調します。それによって奥行き感、高さなどもより感じられますし、実は明かりもいろんなものが貫通するようにつながっているんですね。光は一つの空間の中で終わっていなくて、たとえば本館レストランとトイレ、その向こうのショップ側まで突っ切っています。また、レストラン入口も外から見ると大谷石の外壁にガラスボックスがザクッと刺さった形ですが、光もそのガラスの入口からレストラン内部に入っているので、いろんなものが光でつなぎ合っているという構成です。

上野

そうした建築と光の構成の中に配したインテリアや家具、料理の器などの多くは、地元や近県のつくり手の方々によるものです。最初にも述べましたが、「バナキュラー(土着のもの)」は、新藤さんのテーマの一つです。

新藤

地元には、建築を支えているものづくりの人たちが、結構いらっしゃいます。大工さん、建具屋さん、石屋さん。できるだけその土地のものづくりの人たちに関わっていただけると、その後もつながりができますよね。

山下

かわいがってもらえたり、面倒を見てもらえたり。

新藤

レストランにある大きなスクリーンは、竹木舞(たけこまい)の職人さんがつくってくれたものです。スチールのフレームをお渡しして、その中に竹を編んでほしいとお願いしました。

上野

サイズが大きいので入口から入れられず、搬入は壁のスリットからでしたね。

新藤

あのスリットもリノベーション時に考えたもので、外からの明かり採りというよりは、夜に屋内の明かりが外にこぼれるようにしたかったんです。

上野

職人さんのほか、さまざまなジャンルの作家さんにも支えられています。

新藤

お隣の群馬県の木工家・富田文隆さんには、レストランのテーブルや椅子、太い柱など、たくさんのものをつくっていただきました。この大空間に場をつくってくれる、力のある作品です。
和紙デザイナー・堀木エリ子さんには、柱を包む大和和紙を制作していただきました。内側に仕込んだ山下さんの明かりと共に、レストランの光柱に。

写真:白鳥美雄/2001年竣工当時
山下

高さのある柱を、堀木さんの和紙で包む。あたかも行燈のように光っている。というふうな見え方になるよう、ビーム球を1本の柱に対して4か所設置にしています。作品のモチーフも上昇する感じでしたし、どれだけ天井の方に光が伸びていくかということを、光源を私が選んだり、取り付け方を考えたりしました。天井が高いので、普通のいわゆるレフ球とか小さい明かりでは天井まで光が届かないんですね。それで前に進む明かりを選んでいます。耐震のために加えた構造的な柱でありながら、見た目には光の柱になりました。

再生プロジェクト2

個室とギャラリー・ショップづくり
写真:白鳥美雄/2006年竣工当時
上野

最初のリノベーション(コンバージョン)でレストランをつくった時に、お客様から個室の要望がすごくありまして、私自身は本館周辺に個室を配備したいとイメージしていました。厨房は1階部分だけなので、その2階を個室にしようと先行して階段までつくりました。ところが、厨房上部というのは食洗機とか音がかなり漏れるんですね。防音対策とかスタッフの動線の難しさもあって、2階を個室に使うのは得策ではないということになりました。それで新藤さんにご相談したら、使っていなかった蔵の奥側、つまり本館からいちばん遠いところに個室をつくるプランを出されました(笑)。それじゃあ、その間はどうするんですかと(笑)。いろいろデザインしていただいて、個室の手前にはギャラリー・ショップをつくることになり、新藤さんの全体的なプランになっていきました。

新藤

140坪の大きな蔵ですから、最初はレストランとして活用するスペース(本館)だけを再生しました。でも、実は私の中には、いずれこうなって行くだろうという蔵の全体像は最初からあったんです。厨房の2階をフロアにしようとか、そのためにトイレの位置はここにあって、厨房の位置はここでという全体のマスタープランみたいなものは、おぼろげながらありました。もちろん、具体的なプランは、5年を経て改めてゼロから考えましたが。でも、感覚的には数十年経過した建物を、どう生かして行くかということだけです。たとえば、ギャラリー・ショップには白いアールの壁面をつくりましたけれど、これはモダニズムと古いもののコントラストを対比させる手法で、古いものをよく見せるために行っています。ですから、根幹にあるものは最初から一緒なんです。

上野

当初はそこまで大々的なことを私は考えていませんでしたが、新藤さんのご提案もあって、開店から5年後に勝負することになったわけです(笑)。それが2回目のリノベーション(コンバージョン)でした。
実用性を考えると、個室は、テーブルを移動できたり、離したりつなげたりできる流動性が大事です。一方で、新藤さんの設計としては、こういう姿で空間を見せたいというイメージやビジョンもあります。個室というものをいくつかの部屋にキチッと分けるか、流動性を持たせるかというのは、議論のあるところでした。そこで新藤さんが考案してくださったのが、パーテーション。仮設的なものではなく、しっかりとしていて、でも、それを開放すれば一つの大きな空間になるというものでした。しかもパーテーションは全て、壁の中に納めることもできる。卓抜な発想だと思いました。

山下

個室も天井が高くて、大谷石の壁を間近に感じられる空間ですけれど、レストランとはまたちょっと大谷石のニュアンスとか違います。どうつくろうかな、というのはありましたけれども、明かりの在り方というのは同じですから。ちょっとアクセントになるよう、照明はペンダントという形で構成していくことに。個室としての個性も出ました。

上野

お陰様で、個室の方もたくさんご利用いただいています。

再生プロジェクト3

アートと共存するラウンジづくり

山下

2016年にラウンジをつくりましたけれど、2001年の再生当初から新藤さんは、この場所の活用をイメージされていましたよね。ラウンジかどうかは別にして、何かに活用する構想はあるのだろうなと私も思っていました。

上野

ここは屋根裏みたいな空間で、もともと新藤さん山下さんとの打ち合わせによく使っていたスペースです。何かに活用したらいいんじゃないか、という話はしていましたよね。
以前はここの階下でお茶やお菓子をお出ししていたのですが、1階はギャラリー・ショップだけにしました。いろいろ計画を進めるにあたって、当初はここをカフェにしようと思っていたんです。もちろん今も昼間はカフェとして使用しているんですけれど、夜の心地よさというのが、他の空間とはまた違うんですよね。それで名称も「ラウンジ」ということになりました。ここの照明にはオレンジっぽい色が使われています。さらなる異空間みたいな感じもありますが、山下さんは、どういうイメージを描かれたのですか?

山下

実は、ラウンジについては、私は特別な気持ちだったんです。屋根裏的で、天井は高いのに近くに感じられて、居心地がちょっとほかとは違います。そこには贅沢なアートもあって、カフェとしてスイーツを出されるんですけれど、お酒の空間としての可能性とか、夢の広がるところだったんですね。石の蔵というランドマークの在り方として、レストランの奥に、ちょっと秘密クラブ的なサロンというか、そういう場所があってもいいのかなと。レストランの照明もかなり暗めですけれど、ラウンジは秘密の場所になるといいなというので、照明はぐっと抑えた感じで昼も暗めです。石の蔵全体としては、同じ大谷石に囲まれている空間ですけれども、ちょっとテイストを変えた明かりで異空間っぽく。ラウンジは特にそうしていいのかなと考えました。

上野

夜のお食事の時、アラカルト料理のお客様は、ラウンジにお通しするようにしていまして、そうするとラウンジがいいという方や、ここで立食をやりたいというお話もあって。山下さんのおっしゃる秘密サロンみたいな隠れ家的な楽しみ方もありますし、実際、ほぼ毎日のように昼から過ごされる方もいらっしゃいます。

新藤

私と山下さんは、どうしてもお酒の空間になってしまうんですね(笑)

山下

カフェ、スイーツを提供する場なんですけれど、お酒も似合いますし、金属作家・田中潤さんのアートもあって、これはサロンでしょうと(笑)。
ラウンジの照明はすべてLEDを使っています。照明を当てている元というのを、できる限りないような設置にして、まぶしくないようにしています。最初は、暗くても気配でわかればいいかなとも思ったんですけれど、でも、見えてほしい物もありますよね。何かを食べる時には、やはり光はあった方がいい。そういう時に、真正面とか真上からスポットを落とすと、ピカッとした輝度がガラスに写ってしまいます。そうではなくて、光の存在は、物が見えているという現象がちゃんと成立するように、ということです。照明を当てています、という感じにならなくていいんです。

新藤

田中潤さんのギャラリーのように、アートもたくさんありますしね。

山下

アート作品を置いた空間だということもあって、光をバッチリ当ててしまうより、作品がステンレスをたたいたものなので、反射のちょっとした渋い光加減とか、そういったものが見える照度がほしいなと。作品も一つ一つ違うので、こちらも一つ一つほどよい明かりというのを探しました。作品を制作中の田中さんから、どういう明かりが来るのだろうかと聞かれて、彼のアトリエまでスポットを持参して、こんな感じではどうかとか、いろいろ一緒に盛り上がりました(笑)。

上野

ショップからラウンジに続く螺旋階段の手摺り、什器なども田中さんに制作していただきました。螺旋階段の明かりについては、山下さんはとてもご苦労されましたね。

山下

ステップの蹴上げのところに、細い照明を入れました。輝度をかなり抑えていて、このタイプでは色温度の低い橙色のものを使っています。螺旋階段というのは構造が難しくて、ふつうは踏み面の折り上がった下に設置するんですけれど、そこは足がかかるところなので厳しいと現場からは言われまして。そうかと言って、踏み面の下の面に入れると、階段を下りてくる時にまぶしいとか、いろいろ言われながら、ほぼ私の提案はつぶされて(笑)。それでも、階上を上がって行くためのアクセント、道しるべのようになりつつ、階段としてのオブジェみたいなことになってほしいなという思いがありまして。相当しつこく食い下がって、実現しました(笑)。

写真:白鳥美雄/2016年竣工当時
上野

周囲は明るいので、果たして照明は必要あるのかなと、私も思ったりしましたから。でも、実際に明かりが点いてみたら、それはやっぱりあってよかったです。そういう意味では、新藤さんはそれぞれのプロフェッショナルと仕事を組む理由について、自分の領域拡張、自分にないものを手に入れられるとおっしゃっていましたけれど、その通りですね。私もプロジェクトごとに、自分の予期せぬ素晴らしいことが起きたなと思います。

山下

よかったと言っていただけて、いま急にホッとしています。明かりが存在してしまうと、まぶしいとか言われることは承知の上でしたし、それをどう抑えるかいうことはすごく苦労しました。設置の納まりも難しく、現場も大変ですので、これは無くても成立するかなとか、上からスポットを当てるだけでいいのかなとか、いろいろ悩んだんです。でも、絶対にあった方がいいと思って。高い天井からスポットで照らしたところで、自分の影になるところを歩いて行くことになりますし、今日も来て見て、やっぱり明かりはあってよかったなと思いました。

新藤

こんな照明のついている螺旋階段なんてないですからね。

上野

現実的なところでも、夜になってお酒を飲む方には、足元は明かりがあった方がいいです。実務的な夜の営業を考えると、その点もよかったなと思います。

山下

この明かりは、階段の上から見るとまぶしくないんです。階段下の人たちはゆっくり上がって来るからいいんですけれど、上から下りる時にまぶしくなくて、足元でなんとなく見えてくるというのは、安全性も狙ってのことでした。

再生プロジェクトの経験を未来に引き継ぐ

上野

3回に渡るリノベーション(コンバージョン)を通して、64年前に建てられた蔵全体の再生プロジェクトは完了しました。今後はさらに中身を進化させていくことになります。いま思うことをお聞かせいただけますか。

新藤

いまの時代は、簡単に物が出来てしまいますよね。仕事を依頼される時に、ちょっと格好よくつくってよとか、スタイリッシュにつくってよとか、よく言われるんですけれど、人間は器用だからそういうこともできてしまうんです。でも、そうでないものを目指して行きたいと思っています。そうやって文化型の社会になっていかないと、デザインの価値も建築の価値も、趣味の範囲で終わってしまいそうです。だからこそ、そうでないものを目指す仕事をしていきたいなと思います。

上野

一過性に終わらない建築ですね。

山下

照明はいまLED過渡期で、日進月歩でいい物が出来ています。でも、まだフィラメントだったらできたのにというものを一部追いかけていて。お料理を照らした時、LEDの特性として調光がかかるとパワーがどんよりしていくので、美味しそうな感じは薄れていく。そこは改良されるでしょうし、光源としては、イメージするフィラメントに代われるLEDの特性も活かされた省エネな器具などが、もうすぐ出て来るのを待っているという状況です。

上野

石の蔵でもフィラメントを使用しているのはレストランのテーブルや、カウンター、個室のお食事を照らすテーブル当ての照明だけになりましたね。

山下

再生プロジェクト全体を振り返ると、この15年の間に光源が劇的にLEDに代わるとか、いろいろ変化はしています。でも、前よりすごく変わったという感じを受けないように対応させて省エネをはかったりもしています。できるだけ自然に、ということを心がけて。世の中の流れの中で慌てて変えて行くと、省エネになるとか、いろいろ利点は並びますが、イメージが置き去りになることが多いです。まず、いまの建築が持っている空気と流れを変えずに移行していくことが可能かどうかを判断し、実施する。それが、光の新陳代謝なのかなと。
最近はLEDで計画すると、LEDの寿命の方がお店の寿命より長いというケースはよくあります。2020年に向けて、新しい建物がどんどん建っていますけれど、それが50年後にどれだけ残っているのかというのはちょっと疑問です。でも、神社とかは千年以上残っているものもありますよね。
石の蔵は、この町のランドマークとして、次の数十年も引き継がれていくといいなと思っています。そういうことを大事に思いながら、代謝して存在し続けていってほしいです。

上野

有難うございました。

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