石の蔵ジャーナルishi-no-kura : Journal

Vol.4 : Sep. 2018「海老原ファーム」
海老原秀正さん

じっくり育てた味わい深い野菜
「エビベジ」

ランチビュッフェの「サラダ」をはじめ、「炙り野菜」「野菜の揚げ出し」などアラカルトの定番料理にも、海老原ファームの野菜を使っていただいています。ファームは石の蔵さんから車で20~30分、宇都宮市の隣の下野(しもつけ)市にあります。栃木県内では石の蔵さんとのおつきあいが最も古くて、もう10年になります。当時はまだうちの野菜も「エビベジ」なんて呼ばれていませんでしたね。

代々、米やかんぴょう、きゅうり、ほうれん草などを生産する栃木の普通の農家でした。私の代になってから、まずきゅうりを中心に、「多種類の野菜をじっくり育てる」という方針でやっています。なぜかというと、そのころ市場では早く、安く作れる野菜が主流となり始めていたのですが、野菜本来の味わいが育つ前に出荷してしまうことに疑問を感じたからです。

たとえば、ブルームきゅうり。表皮につく白いブルーム(果粉)は、水分の蒸散を防ぐために、きゅうりが自ら分泌する成分。このブルームに保護されて、水分をたっぷり含んだ、食べた時にシャキシャキっと美味しいきゅうりになります。野菜に合わせてしっかり育てることで、本来の味わいのあるものになる。うちではそういう野菜作りをすることにしたんです。

きゅうりに始まって、おかあさん(奥様の智子さん)がプランターでハーブを作り始めました。まだハーブを作る人は少ない頃で、バジルやイタリアンパセリ、タイム、スペアミントなど10~15種類のハーブを袋詰めにして。石の蔵さんのランチビュッフェのサラダにたっぷり使われているルッコラも、最初はハウスの中でプランターに種を蒔くところから始めたんですよ。とにかく、おかあさんがハーブと野菜作りにはまってね。畑から生まれてきたんじゃないかっていうくらい、土の上にいるのが好き。もちろん私も畑は好きだけど、おかあさんは畑に行くとストレス解消になるっていうほどだから。うちの立役者です。いまでは栽培品種は100種類を超えて、長男(寛明さん)やお嫁さん(麻美さん)、毎日10人以上のパートさんと一緒にファームをやっています。

ジャガイモ畑から、新しい風を

3年前から、新たに取り組んでいるのがジャガイモ作り。30数種類のジャガイモを試作していて、その中から今年は4種類「十勝こがね」「ジャガキッズレッド」「ノーザンルビー」「シャドークイーン」を選んで、出荷用に育てています。

うちの畑を見てもらうとわかるけれど、土が乾いているんです。植わっているところだけ土をこんもり高くして、両サイドの溝に雨水が流れて行くようにしています。土の表面はシートで覆って、必要最小限の雨水しか入れない。雨が降らなくても水はあげません。ジャガイモが自分の力で水を探しながら育ちます。収穫後は、すぐに出荷しないで、1か月ほど冷蔵庫に保存。そうすることで、でんぷんが糖にかわるんですね。

十勝こがねも1か月間冷蔵庫に入れると、甘くてホクホクのジャガイモになりますよ。北海道のジャガイモが甘くて美味しいのは、土の温度が10℃以下なので自然とでんぷんが糖にかわるから。この辺りでは冷蔵庫に入れないとかわらない。でもね、そんなことやっている人はいないんです。より美味しく食べてもらう、料理してもらうためのひと手間。自分で試行錯誤してみて、こうすると美味しさが違うなってことでやっています。

十勝こがねは、普通の白っぽいタイプのジャガイモ。ジャガキッズレッドは表皮が赤っぽくてサツマイモみたいだけど、中はきれいな黄色をしています。ノーザンルビーは細長い形の赤いジャガイモで、中はピンク色で瑞々しい。この瑞々しさが糖にかわると甘くなるんです。シャドークイーンは表皮が黒に近い紫色で、中も深い紫色。焼いても加熱しても紫色のままで色が抜けないから、色味を楽しむ料理や菓子に向いていますね。

左上から 十勝こがね/ジャガキッズレッド/ノーザンルビー/シャドークイーン

いま日本には77~78種類のジャガイモがあるんです。だから、半分くらい試作したことになります。試作したジャガイモはホテルやレストランのシェフに試食していただいて、評価をランク付けしていただきました。それらを元に選んだ4種類が、本格栽培しているものになります。

実はこの取り組みは、エビベジの名付け親であり、プロデューサーでもあるギリーの渡辺幸裕さんの発想から始まったもの。今年はズッキーニだけでも13種類を一緒に作っています。試作しながら、料理人さんたちの声を聴いて、品種を選んでいく。そうすると生産者・食材の提供者と料理人が一緒になってということができますし、いずれ情報や反響をうちのホームページに公表して共有していけたらいいなと思っています。いまこういうものが喜ばれているとかわかると、生産者も料理人も新しい品種に取り組んでいくきっかけになるのではないかな。

石の蔵にて、熊谷料理長と対談

熊谷

ジャガイモの試作を始められる前に、海老原さんが店に来てくださって、その時もそういう話をしてくださいましたね。出来上がるのを楽しみにしていて、紫色や赤色した新しいジャガイモもちょこちょこいただいてきました。それらがまとまって収穫できるようになったというのはすごいですね。海老原さんの畑に行くよって言いながら、日々の忙しさの中でなかなか行けなくて。でも、一緒に進めて行きたいという思いはいつもあります。

海老原

今日初めて丸いズッキーニを持ってきました。ピンポンズッキーニとか、呼び名はいろいろあります。いままでなかなか持って来られなかった品種で、黄色と緑色もあります。細長いズッキーニは普通にあるんだけれど、丸いのはまだ珍しいんです。他にも、ゼファーとかイボイボズッキーニとか、もう少ししたらいろいろ出来てきますので、それらも提案していきたいなと思っています。そういう中から熊谷さんの選んだズッキーニをうちが栽培して、それを料理していただけたら、ひとつの物語になるんじゃないかと。いずれそんなこともできるようになったらいいなぁと思います。

熊谷

お客様が初めて見る、聞く、食べるという野菜は、もうそれだけで強みではあるんですけれど、海老原さんの野菜はそれだけではなくて、必ず食べて美味しい。野菜らしさを生かしている美味しさです。苦い物はきっちり苦くとか。甘い物も多くて、そのまま食べるのが一番美味しくて、何か手を加えるのがもったいないような野菜ですよね。

あやめ雪かぶ

たとえばズッキーニとか、あやめ雪かぶとかも、作っている方は他にもいらっしゃいます。ただ、違いは見てわかるし、使ってみてもわかる。やっぱり海老原さんのお野菜は、大事に使いたいなと思うんです。一方で、ランチビュッフェでもサラダにたくさんお出ししていて、そんなふうに使ってしまっていいのかと最初はちょっと思っていたんです。料理を作る側として、そこはいつも考えさせられるところです。でも、お客様に実際に食べていただいて、お野菜が美味しいと言われるのは、何よりうれしいんです。

海老原

お店にいらっしゃるお客様にそう言っていただけるのは、生産者としてもうれしい限りです。一年を通してサラダで出していただいたり、プレートの上に載る、もうこれぞという熊谷さんの料理に、うちの野菜を使っていただけたりするのは、お客様にも両方を味わっていただけて、本当に有難いことです。お店に喜んでもらえる、お客様に喜んでもらえる。自分たちはそこを目指している作り手なので。これから、もっとそこを目指して作っていくことになると思います。

熊谷

海老原さんの野菜は、1週間経っても野菜の「旨さ」というのが変わらないんです。たとえば、石の蔵では土のついた状態のまま保存して、使う分だけ洗ってというようなやり方をしているのも、そういう良さがあるから大事に扱っているんです。きれいに洗った状態で納品される普通の野菜は日持ちもしないですし、旨さも落ちて行く。それが当然の話だったんですけれど、いい意味での裏切りが海老原さんの野菜にはあって。これは本当にいいな、大事に使ってこの旨さをお客様に届けたいなと思ったんです。

海老原

野菜は実は鮮度だけではないんですね。2日経っても3日経っても美味しいものでないと。石の蔵さんとうちはリードタイム(発注から納品までの必要時間)を読めますけれど、一般家庭のお客様に届けて、家の野菜が1週間経っても美味しい状態でなかったら絶対ダメだと思っているんです。そのくらい、美味しさは落ちずにいければと思って作っています。

熊谷

アラカルトでお作りしている人気メニューの「炙り野菜」。以前は普通に炙っていましたが、炭の香りがとても合うので、炭火で焼いています。旨味を増幅させるような効果があって。それは普通に八百屋さんから仕入れた野菜でも同じようになるかというと、そうはならない。やはり特別な野菜だなと。その特別感をお客様に味わっていただきたくて、その価値を認めていただけたらうれしいなと思って、去年くらいから炭火を使うようになりました。それまでは炭火を調理場のどこにセットしてどうやるかというのがなかなか決められなかった。でも、魚を焼くにしてもそうですけれど、炭火は遠火の強火とか焼き方もいろいろあって、わざわざ手間をかける意味はある。小さいですけれど炭の焼き台を導入することにして、そこで野菜を焼いてみたら、甘かったんですね。素材がより生きるというんですかね。素材のよさがより表面に出て来て、これはもう誰が食べてもわかるだろうなというものになっています。

海老原

野菜冥利に尽きますね。うちの野菜が、そうやってどんどん手を加えていただけて。自分もそうですけれど、熊谷さんも、結局、最後はお客様にいかに美味しく食べていただけるかっていうところを大事にされていますよね。うちでお母さんともよく話します。自分が畑で種まいたり、植えたりしているのも、やっぱり最後の食べ手のところに届くまでの間に入ってくれている料理人の方々に、いかに本気で向き合ってもらえるかってことだと。料理人さんたちが、本気で向き合ってくれるような野菜を作らないと、そういうふうに扱ってもらえないと思うんです。そのためにも品種を選んだり、いろんなものを試作しながら、その中で抜粋したり。そんなことをうちはやっているんです。余談ですけれど、新しい野菜をいろいろ試作して、うまく美味しい野菜にできるのは3割くらいです。そういうものを出して、それでもはじかれるものもあるわけですから。試行錯誤して日の目を見た野菜が、そうして炭の上に載って、さらに美味しくなって提供されるというのは本当に有難いことです。

熊谷

この前、食べに行ったところのシェフが、料理の最後に、とちおとめのとてもいい苺をアイスにされていて、その時に聞いた話なんですけれど。そもそもこの苺はとても美味しい苺だから、そのまま食べれば一番美味しい。それをアイスにするのだったら、そのまま食べるより美味しくしなかったらやる意味がないと。アイスが食べたいからアイスにするのではなくて、この苺の旨さをもっと美味しくするために、あえてアイスとかジェラートとかにして出していると。なるほど、すごいなぁと思って。その方を見習おうとやっています。

海老原

本気になってもらえる素材なんですね。

熊谷

すばらしい素材だから、自分の熱をかけて向き合える。野菜は、肉や魚の脇にちょっと置いておくものになってしまいがちじゃないですか。そうではなくて、海老原さんの野菜というものを前面に出したメニュー構成を進めて行きたいなとずっと思って、いろいろやってきたという感じですね。
実際は多くの人は肉も魚も好きですから、野菜ばっかりではということもあります。ただ、そういう肉や魚に添えた野菜も美味しいとおっしゃるお客様がたくさんいらして、ここは野菜が美味しいですね、と言われると、あぁよかったなぁと思いますね。
海老原さんからは年間スケジュールをいただきますし、自然相手ですからその通りに行かないこともありますけれど、月初に今月の野菜リスト、これが旬でおすすめですよとか、収穫を迎え豊作ですよとか書かれたものをいただけますから、それを見ながらいろいろメニューを考えています。

海老原

料理人の方にお聞きしたいのは、どんな野菜がほしいか、ってことですね。こういうのを作ってくれとか、こういう時にこんなものがあればとか、このお皿にいつも悩むから、この時期の肉や魚に合わせるのに何かないかなとか、そういう相談でもなんでも。それを思い浮かべて野菜の品種を選んだりもできるようになるかなと思いますし、頑張って合わせるように作って行きたいです。

熊谷

年間通して海老原さんが作ってくれる野菜。一年中まったく切れないということはないですけれど、小人参とかルッコラとか、そういうものは年間通して作ってくれて、ずっと安定して使えています。どうしても季節物になると、それがもう少し続くといいなぁと思うことはありますけれど、でもなくなってしまった時には、代わりの野菜を出してくれて、単に今日は欠品です、では終わらない。我々のこともちゃんと考えてつきあってくれる方って、あまりいないんですよ。だいたいは電話一本、今日は欠品ですで終わりですから。このおつきあいをこれからも大事にしていきたいですし、いろいろ代替で出してくれたものともちゃんと向き合っていきたいです。それは日々やっている中で、仕事としては大変だけれども楽しみでもありますから。

熊谷料理長の華やかな盛付けに感慨深い海老原さん
海老原

たしかにスナップえんどうとか期間が短くて、3月~5月くらい。やっとメニューに使い出したと思ったら取れなくなって。代わりに、すみません、モロッコいんげんを使ってくださいって(笑)。モロッコの代わりにサーベルとか、それが反対になったり、そうしているうちに夏になって四角豆が出てきたり。豆ばっかりじゃなくて、夏は葉物も出て来るし、おかひじきとかつるむらさきとか、オクラ、モロヘイヤ、、、いろいろあります。

熊谷

モロッコいんげんは、どこでも売っている野菜ですけれど、海老原さんのは全く違います。一番の違いは食感。旨味とか風味もあるんですけれど、シャリシャリっていうのがあって。この食感を生かしたいなぁって思うんです。普通のはもっちりするような感じなんです。ちょっと歯ごたえを残す感じでゆでると、今まで味わったことないような食感が出て来るんですね。すごいなぁといつも思います。

海老原

そういう声を聴いたら、グレードを落とせなくなりますね(笑)。自分の気づかないことを気づかせていただけます。あっという間に10年のおつきあいですからね。新しい野菜を作ったら、こういう物が出来ましたよとサンプルを出して、熊谷さんに真っ先に提案させていただいて。石の蔵さんは発信基地みたいになってくれています。地元でそういうことをどんどんできるというのはうれしいですね。

熊谷

海老原さんの野菜を楽しみにしていますので、これからもよろしくお願いいたします。

エビベジ http://ebivege.com