たくさんの人たちに日々を支えられている「石の蔵」。
このジャーナルでは、個性豊かなキーマンを取材、ご紹介していきます。
初回は、熊谷稔料理長の料理哲学に触れます。

石の蔵ジャーナルishi-no-kura : Journal

Vol.1 : Mar. 2018熊谷稔 料理長

熊谷稔 料理長
宇都宮にあること

初めて石の蔵の空間に身を置いた時のこと。まず、蔵の大きさ広さに圧倒されたのを覚えています。照明や空間独特の雰囲気を目の当たりにして、さて、どういうお料理をお出ししようかとずいぶん悩みました。以来十数年、この蔵が内包する時間や豊かさの奥行きみたいなものを受けとめながら、“空間に負けない料理”ということは、ずっと考え続けています。

当初は、大きい箱に対して見栄えのする料理をと考え、大きな皿を用意してもらったこともありました。いろいろやってみましたけれど、結局大事なのは、「食べて美味しい」「見て華やか」ということに尽きるのかなと。華やかさに味が伴っていてこそ、お客様にこの店の雰囲気を楽しんでいただけるのだと思っています。

当たり前ですが、「食べて美味しい」ことが私の料理の第一にあって、そのために材料をどうするか、ということを考えます。東京ではなく地方のレストランですから、その地方の色があった方がいいと思い、栃木県産の食材に注目しました。

宇都宮というと、やっぱり餃子のイメージがありますよね。では、ほかにどんな料理があるだろうか、日本料理ではどうだろうか、というとそんなには思い浮かびません。だからこそ、地元の食材を活用して美味しい料理をお出ししたい、そこが石の蔵らしさにつながるのではないかと、日々取り組んできました。生産者に直接会ったり、いろいろ調べ歩いたり。いまでは店で使うおおよその食材を、宇都宮を中心とした栃木県産でまかなえるようになりました。お客様から、宇都宮らしさ、栃木らしさを感じると仰っていただくこともあります。

地場の生産者に支えられて

私は生まれが福島なので、栃木県は福島県より面積が小さいですし、農家も少ないのかなと最初は思っていたんです。でも、いろんな人に出会って、話を聞いたりしている内に、宇都宮市内だけでも相当数の生産者方がいらっしゃって、県内には種類豊富な野菜があるとわかりました。都内のレストランなどでもいろいろな所で栃木産の野菜を使っていますね。

私が料理人になった頃は、生産者は農協を通して出荷するスタイルが一般的でしたけれど、いまは野菜の生産者がどこの誰か、消費者にわかるようになりました。生産者側にもそこを共有したいという欲求が出てきたので、よりわかりやすくなって、それぞれに自分たちは無農薬で作るとか、減農薬にするとか、変わった野菜を作るとか、さまざまな方針の方々と知り合えるようになりました。

実際に使わせていただくと、無農薬だから美味しいとは限りませんし、珍しい野菜でも美味しく料理できないとダメです。基本は私がその素材を好きにならないと使いこなせないので、自分がいいと思うものに絞り込んできています。

いま使っている食材はだいぶん使い慣れてきましたけれど、まだまだ自分たちが知らない生産者の方もいっぱいいらっしゃるので、今後も良い食材との出会いを求めて、自分たちで足を運んで使わせていただくことができたらと思っています。

石の蔵はランチビュッフェでもたくさんの食材を使いますし、食材の量は多いんですね。小規模な生産者の方はまかないきれないこともあるかもしれませんが、大事に育てられたものばかりですから、お互いに無理のないようにすることも大事で、食材の入手には常に心を配っています。

野菜が主役になれるように

素晴らしい食材と出会う中で、いつか野菜料理を主役にしたいと思うようになりました。そのことを意識しながら、素材と向き合い、料理を考案しています。

野菜料理の中でも人気のアラカルト「炙り野菜」は、炭火で焼いて仕上げます。アンチョビと大葉とオリーブオイルで作ったソースを合わせて召し上がっていただきます。野菜は季節によって変わり、炙ることに適した野菜を選んでいます。芋や蓮根などの根菜類は向いていますし、葉物野菜でもサッと炙ると風味や食感が引き立ちます。珍しいところでは、コールラビも美味しいですし、ロマネスコやオレンジブーケなどのブロッコリー・カリフラワー系の変種は見た目が綺麗な上、炙った時の甘味が格段に違いますね。炭火で焼くことで風味がよくなり、旨味や甘味を引き立たせるのだと思います。評判もよく、昨日もコース料理でお出ししたところ、お客様から追加のご注文をいただきましたが、その後もさらに追加をということでたいへん嬉しかったです。

「野菜の揚げ出し」もまた、通年人気の定番メニューです。「栃の木まいたけ」をメインに、旬の野菜に粉を打って素揚げし、大根おろしの餡をかけてお出しします。この舞茸は天然物に近い食感と風味が魅力ですね。生産者から直接入荷しています。

夜のメニューは、主役料理を意識したものが多く、焼き物、揚げ物、煮物など、素材を殺さないようにしつつも手を加えたお料理になります。本館はアラカルトでもコース料理でもお召し上がりいただけますが、個室はコース料理のみとなっています(室料はいただいておりません)。

ランチビュッフェでは、フレッシュサラダ、温野菜、和え物など、お惣菜的な野菜料理が中心です。栃の木まいたけを天ぷらにして、ビュッフェでもお出ししています。

ランチタイムのビュッフェコーナー
県内産の仕入れにこだわって

野菜に限らず、栃木県には牛肉も豚肉もいいものがあります。

和牛なら「とちぎ和牛」を使うことにしており、過去には全国で一位になったこともあるブランド牛肉です。脂身が甘く、肉質がやわらかく、というのはブランド牛全般に共通すると思いますが、とちぎ和牛はサッと焼いただけで美味しいので、グリルにして、いちばん素材がわかりやすいように、こちらはあまり仕事しないようにしてお出ししています。
交雑牛については、「日光霧降高原牛」「那須野が原高原牛」などいろいろあります。和牛に比べれば、交雑牛は肉質が若干かたい、サシが粗い、と言われますけれど、特徴を生かして料理します。そのままステーキにすることもありますし、本日はリブロースを使ってカツレツにしました。リブロースは脂身も多いので、最初に脂身は掃除してしまって、磨いた肉にしてから料理すると、やわらかさや旨味を味わっていただけます。肩の部位でしたら、煮込みにして和風シチュー仕立てにすることもあります。

豚肉も栃木県にはとてもいい肉があります。ただ、価格がほぼ牛肉くらいのものまであり、それはコスト的に難しいですね。豚肉で高級料理というのは、まだ牛肉ほどの付加価値はついていないということなのかもしれません。
石の蔵では、「和豚もちぶた」を使っています。群馬県にある会社が、独自のシステムで生産者から集めて出荷しているんですが、うちではあえて栃木県産に限って入荷できるように契約しています。ほかの豚肉も使ってみましたが、もちぶたは食感とか肉の味わいがよくて、私は好きですね。この豚肉を使うようになって、10年くらい経つんじゃないでしょうか。

部位はヒレやロースなどいろいろ使いますけれど、ずっと使い続けているのは肩ロースで、「和豚もちぶた肩ロースの燻焼き」は人気メニューの一つです。もちぶた肩ロースを表面を焼いてから、醤油ベースの出汁で煮た後、桜のチップで燻しておきます。スモークというほどではなく香りづけくらいに。それを切り分けますが、切った時点ではレアというか、ちょっと火が入っている程度。豚肉なので生ではお出しできませんから、最後にオーブンでサッと火を入れて仕上げます。少しチャーシューに似た作り方ですね。これは私が二期倶楽部で働いていた頃に、親方から牛肉で教わったものを、自分で豚肉用にアレンジしました。一年を通してお召し上がりいただけるメニューです。

欠かせない存在

調味料の中でとくにこだわっているのは、醤油、塩、味噌です。

「キッコーゴ丸大豆醤油」は、無農薬の丸大豆で作られたものです。生産地は東京ですが、風味とコクが、私の作りたい料理に向いているので使っています。

塩は用途によっていろいろ使い分けていますが、お客様に塩をつけて召し上がっていただく場合は、「藻塩」をお出ししています。いま扱っているのは対馬産のものです。

味噌は県内の大田原市というところにある「とべや」さんのものです。田舎味噌ですけれど塩分控えめで、味噌の風味と味わいがよいものを探している中で出会いました。石の蔵でお出ししている味噌汁は、米と麦の混合味噌を使用しています。

それと、和食なのでお出汁は大事です。北海道の真昆布、鰹節は焼津のもので、背の血合いを抜いた臭みのないものを使っています。

風味の料理

日々いろんな料理を作る中で、最も心がけているのは、甘味、塩味、酸味、苦味、辛味などに対しての、風味です。どんな風味がこの素材にあって、それをどうしたらより引き立たせられるのか、ということを常に考えています。

たとえば、魚介類のもつ甘味というのは、味として甘いわけではなくて甘味を感じるわけです。そういう素材のもつ風味によって、取り合わせる素材も変わります。魚は生ものなので、時間と共に鮮度は落ちて行き、旨味もなくなって嫌な部分が出てきますよね。そうすると風味も失われていきます。風味が臭みになってしまったら、もう使えないですから、風味がきちっとあるうちに使わないといけません。それは、甘辛く煮付けるような料理であっても同じで、濃い味付けなら差はそれほどないように思えるかもしれませんが、鮮度の良い状態のもの、旨味のあるものを料理すると、やはり風味があって美味しさも違うんですね。私の料理は、風味を大事にする傾向があるのかなと思います。


取材後記「風味」という感覚を何より大事にされている熊谷料理長。さわやかに季節を捉える感性、繊細で丁寧な手仕事によって、石の蔵ならではの日本料理が生み出されています。“空間に負けない料理”という熊谷さんの言葉に、「空間と料理と食す人、そこに快い関係を築きたい」という料理長としての真摯な想いを垣間見た気がしました。大谷石の空間は、蔵が歩んできた時間、風土、面影など、さまざまなものが地域とつながっていて、日本料理という風土と社会に育まれてきた料理とも通じ合う何かがあるのでしょう。この空間をとらえて目指す料理は、蔵と共にこれまでとこれからをつないでいきます。