空間に風景を生ける
上野
レストランの店内に入ってすぐ、生け込みのスペースがあります。石の蔵をオープンした当初、彫刻家に水盤オブジェを制作いただいて、もともと水を流していたのですが…。季節感や色もほしいと思うようになってきて、そこに花を生けてくださる方を探したのです。お花屋さんなど何人かにお願いしたもののあまり続かない中、知人のご紹介で川上さんと出会いました。それから、もう17年間もお世話になっているんですね。
川上
こちらこそ、17年もありがとうございます。石の蔵の空間は、自然でできた石の力がそのまま生かされていて、僕は好きです。やはり自然でできた素材の力というのは、何ものにも勝ると思います。どっしりとした、慌ただしさのない落ち着いた雰囲気で、非常に重みと格調がありますね。また自然の光の加減や照明の具合も深みがあって、奥深い厚みのある空間です。ここにいらしたお客様は会話も弾んで、本当に楽しいひとときを過ごされているなといつも思っています。
上野
こういう空間ですから、生けられる方の感性や技能が問われると思います。
川上
いかにさりげなく空間の中で成り立たせていくか、という難しさはあります。やはり空間美だと思うんです。この空間を最大限に生かしながら、空間も花も両方が成り立つように、お互いを引き立たせられるようなものをつくれるよう努めています。ここは本当に広くて天井も高いですし、普段お花屋さんの店頭に並ぶような材料ですと貧弱で、この空間に対しての力としては負けてしまうんです。なので、ここで使用する材料は、長さ・太さ・枝振りなどの指定を細かくし、この空間に似合うものを取り寄せるなど、常に吟味した素材選びをしています。長年、飾らせていただいているので、空間に対するボリューム感はわかってきていますが、植物の表情は毎回違うわけで、その都度新たな気持ちで空間と対峙しています。いつも真剣勝負ですね。
上野
生けている足元、植物を留める道具についても、川上さんは水盤の上に流木や河原の石などを組まれたりしますね。
川上
たとえば大型の剣山など、花を留めるための道具はいろいろありますが、それらの道具よりも自然でできた素材を留め物に使用した方が、大谷石や蔵のもつ雰囲気にはマッチするんです。そのような物を、普段から自分の足で見つけて、石の蔵専用にとってあります。やはりこれだけの空間を把握できるような、相性のよい材料というのはそうそうないですから、ときに大谷石や流木を自ら加工し、好みの物をつくりあげます。さりげなく主役を引き立たせる道具はとても大切な要素です。
上野
ここは外構に竹や紅葉の植栽があって、壁に蔦も這っていて、外の風景というのは、季節によって葉っぱが緑だったり、赤だったり、枯れて無くなったりと移り変わります。ところが、ひとたび店の中に入ると、変化があるのは川上さんの花生けのところだけで、あとは固定した眺めなんですね。ですから、季節感とか、何かお店の表情がこの前とはちょっと違うとか、そういうことに関しての役割を川上さんにお願いしているわけです。来店されるお客様はお食事が主目的ではありますけれど、空間に川上さんのお花あるいは造形があることで、お店での飲食体験の一部として、そこで表現していいただいているものを、何かしら感じ取られています。いつもと変わらない空間の中で、そこだけは何か変化があって、前はこうだったね、今日はこうなっているよなど、お客様の楽しみの一つにもなっていると思うんです。私自身、今回は川上さんこう来たなとかですね(笑)、毎回楽しんでおります。
川上
いつも温かく見守っていただきまして、感謝しております。生け替えはおおよそ月に1〜2回程度で、その間に何度か足を運んでいます。生の植物ではなくて造形物を飾る場合は、2ヶ月くらいの期間になることもありますし、その時々の花材の性質によってです。
季節感は常に大切にしています。たとえば夏はグリーンの強い物を多めに見せ、視覚的な変化で涼を感じていただけるようにしています。また冬は梅や桜をふんだんに使用することで、いち早い春の訪れを感じられるような花材選びをし、空間との調和を考えながら、一年を通してお客様に喜んでいただけるよう工夫しています。
上野
色についてはいかがですか。
川上
暗めの空間なので、たとえば蝋梅のような黄色の花はすごく映りがいいです。ひょうたんの照明にも合いますし。蝋梅には濃い黄色や薄い黄色に咲くいくつかの種類があり、ここでは黄色の強いタイプを選んでいます。
また、シンプルな色合いが似合う空間で、多くの色を混ぜ合わせすぎないよう、なるべく数少ない色量にして、空間の大谷石の色合いがぼけてしまわないよう心がけています。レストランで行われる結婚式の場合も、白とグリーンを基調としたシンプルな取り合わせが、この空間に合うと思っています。この場に飾るものは色も素材も大切にしている、と言えば伝わりやすいでしょうか。お料理も素材や色の選択が見栄えに大きく関わりますが、同じことだと思います。
いけばなから広がる世界
上野
川上さんは華道家として、普段はどのようなお仕事をされているのですか。
川上
宇都宮市内にある自分の教室で、小原流のいけばなを教えています。小原流は国内146支部、海外64支部において、いけばな普及事業をすすめており、私は小原流研究院助教授として国内外を回り、会員及び教授者へいけばなの技術指導を行っております。その中には、百貨店での大規模な展覧会指導を含み、またさまざまな場での空間プロデュースも行います。そのほか、明治神宮で昭憲皇太后祭の一環として行われた華道御流献花会にていけばなの奉納、という経験もさせていただきました。
上野
幅広くご活躍ですね。これまで海外はどちらへ行かれましたか。
川上
ハワイを含むアメリカ、カナダ、ヨーロッパはオランダ、イギリス、スイス、ギリシャなどです。またアジアでは中国、台湾に行きました。
上野
海外支部は現地の方がされているんですか。
川上
時々、日本の方もいらっしゃいますが、ほとんどが現地の方です。海外ではホテルや大きなホールの舞台上で花を生けてお見せするショー的なデモンストレーションが人気です。
材料は基本的に市場やお花屋さんで仕入れを行いますが、枝物などは会員さんのお宅の庭から切らせてもらいます。海外の会員は日本ならではの材料を庭に植え、育てている方が多いです。また日本文化に造詣が深く、いけばなをより理解しようととても勉強熱心です。
上野
いけばなは海外でも盛んなのですね。
川上
私自身もいけばなをすることによって、いけばな以外のさまざまな分野まで世界が広がっています。今後もいけばなを通して、自分自身が成長できるよう精進していきたいと思っています。
素材を想う、花と造形
上野
お花との出会いは、そもそもどこにあったのでしょうか。
川上
実家が祖母の代から続くいけばな教室でした。大学生の頃、いけばなをしている姉が造形的な作品をつくる姿に影響されまして、自分でも造形作品をつくり展覧会に出品するようになったんです。植物が好きで、その頃は材料に誘発されて、こうしたら面白いんじゃないかと焼いてみたり、色を着けてみたり。そのときに感じたものを作品にぶつけていたような気がします。小原流には「マイ・イケバナ」という立体作品の公募展があります。そこに出品されている造形作品を見て、いけばなにはこういう美術に近い面もあるのだと感銘を受けました。自分の足で採集した植物を変貌させたり、美術的な作品をつくり続けることで、机上で花を生けることだけでないいけばなの可能性に気付き、さらに興味が湧いてきました。大学卒業後は会社勤めをしましたが、25歳で会社を辞めていけばなの道へ。以来、花を生けることと植物を使った造形、その両軸でいけばなを追求しています。
上野
石の蔵では廊下のトイレ近く、フィックスガラスの前に、川上さんのオブジェを展示させていただいております。小原流は花と造形の両方をされるものなのですか?
川上
いまは花だけでなく、造形もするように指導しています。生の植物素材だけでなく、乾燥した素材や着色した素材、非植物の素材も用いて、造形的な美を追究しています。いけばなの空間を把握する力というのは、造形にも生きているんです。ですから、両方できて初めて、「いけばな造形」の力がつくのかなと。
上野
なるほど。
川上
小原流というのは、水盤に生ける生け方を創始した流派です。それまでは室町時代から続く立花、花材を立てて生けるいけばながほとんどでした。明治に入って海外から輸入される花は丈が短く、また暮らしも洋風化してきたことなどから、時代に合わせて、もともとは池坊にいた流祖の小原雲心が、水盤に盛るように生ける盛花という新しい形式を始めました。その一つに、写景盛花という、植物の出生や季節感などを生かし、景色を水盤上に縮小して表現する生け方があります。これは他の流派にない独自の生け方です。また、小原流独特の琳派絵画のような華やかな生け方をする琳派調いけばなや、中国文人趣味の文人調いけばな、色彩豊かな花など、現代の建築空間のさまざまな場所に対応できる多くのいけばな形式があります。
“装花”という生け方
上野
石の蔵でも生花は用いずに、自然のものを取り入れてつくっていただくことはよくありますが、その場合は、いけばなではなく、何とお呼びするとよいのでしょうか?
川上
ここでの生け込みは「装花」がいいのかなと思っています。「挿花」という言葉はありますが、実際にやっていることは、装花なのかなという気がするんですね。石の蔵の空間の場合、ふだん出会ったことのないような飾り方を、ということがいつも頭の片隅にあり、ここに来ないと味わえないような作品にしたいのです。特に造形について、大谷石でできた蔵とのコラボレーションはここだけですので、それを楽しみに来てくださる方も多くて。この場所がなかったら、大谷石の空間を意識した作品をつくり続けることができたかどうか。個展や展覧会のための作品制作は行いますが、自然と格調を兼ね備えたお店の空間の一部として成り立つような作品はつくり続けられなかったかもしれないですね。
上野
川上さんの大作に、杉を削って玉をつくり、そこに枝を削ったものを刺してクワイのような形にした、高さ数メートルの作品がありますけれど、それは造形になりますか?
川上
はい。美術の世界に近い作品ですが、美術家と同じ作品をつくったとしても、どこかにいけばな的な眼は入っているんでしょうね。どの素材が曲がりやすいかとか、どういうふうに曲げると自然に曲がるかとか、扱いや表現には普段身についているものが自ずと生かされるようです。先ほど写景盛花という、景色を生けるいけばなの話をしましたが、植物がどういう環境の中に生まれ、どういう貌を見せながら育っていくのかを知っていないと、景色が生けられないんです。ですから、実際に自分で素材の出生を知るために、山を巡っています。その素材の出生がわかると、水盤上に表現するときも、素材に対するさまざまな引き出しができます。自分の足で稼いで、その素材をどこまで知ることができるか。ということが、自分の作品に現れてくると思いますし、その素材の良さを最大限引き出すことにもつながります。そのことは、美術的な造形作品をつくるときもどこかに自然と生かされてきてるのではないでしょうか。
上野
何が美しく、何がそうではないのか。ということを私はよく考えるんですね。具象というのは、ある程度はそのものを再現していくわけですけれど、抽象敵な表現というのは、何かを模すわけでもなくて、抽象美とはいったい何なのだろうかと。川上さんの造形世界は、抽象美ですよね。何か表現するときのきっかけというか、おそらく自然の物から発生している何かをキャッチして、ということなんでしょうけれど。川上さんの造形するに当たってのインスピレーションとか、想起されているものを教えていただけますか。
川上
僕の尊敬するいけばな造形の指導者から、良い作品を生み出すにはつくり続けないと良い物はつくれない、と言われてきました。物をつくるということは、生みの苦しみでもありますが、一つ一つの物をいつも一生懸命制作していれば、良い物ができるようになる。その繰り返しだと。それに加え、完成したときの歓びというのは何ものにも代え難く、評価されたりすれば一段と歓びも強くなります。続けていれば、良い物が簡単にできるようになるのだろうか、と思っていましたが、そうはなりません。いつもいつも苦しまないと、良い作品はできないことに気付いたんです。そういう意味で、上野さんのご質問の答えになっていないと思いますが、創作する感性が磨かれてきたのかもしれません。物をつくり続けることによって、素材と素材を空間に出会わせたりしていく力は、少しずつは身についてきたのかなと。それは年月をかけてということです。
上野
今後、石の蔵でやってみたいと思われていることはありますか。
川上
レストランでの結婚式のときに、たとえば先ほど話に出たクワイのような造形物をいくつか置いてみるのも面白いかなと思ったりしています。花も置きますが、造形物と花を出会わせて、インスタレーションのようにしたら、参加者に楽しんでいただけるかもしれません。あるいはラウンジスペースなどに、造形物が一つ二つ置いてあっても面白いかもしれませんね。しかし、結婚式の場合は、結婚される方の考えが100%ですので、果たしてどうかなとは思いますけれど。
上野
何かと造形を出会わせる、ということですね。なかなか面白そうです。
川上
石の蔵は空間そのものに力がありますから、生け込む空間としては難しいですが、その分、やりがいがあって面白みもあります。僕はここが栃木県の中でいちばんの店であり続けてほしいと、いつも思っているんです。そこに生け込みをするのだから、ほかにはないような何か違った物を、これからもつくりあげていきたいですね。
上野
川上さんと私は同じ生まれ年ですから、そう言っていただけると嬉しいです。お客様にもぜひ川上さんの生け込みを楽しみに、ご来店いただけたらと願っております。